Room Me Mine

迷子のアラフォー部屋

【vol.017】与えられるものが大きければ、その人から奪われるものが大きくても許してしまうのか?

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誰かから与えられるものがとてつもなく大きいと感じている時、私たちはその誰かから、例えば時間を搾取されたり気持ちをかき乱されたりしても、それを許してしまうのだろうか?

自分自身や周囲の人たちの経験を振り返ってみると、「ある」と言えちゃいます。

 

自分には到底及ばない人間が側に居て、その人と時間を共にすることができた時、私たちはこういった感情を抱いてしまいがちです。

 

例えば、そんな相手と仕事をするチャンスがあった時。

この人と一緒にいるからこそ、この環境で仕事ができる。

だから、多少理不尽な要求をされてもそれは受け入れるしかない。

 

例えば、そんな相手とお付き合いをした時。

自分には高嶺の花的な存在なのに自分のために時間を割いてくれている。

少々納得できないことがあったとしても自分が合わせるしかない。

 

こんな危険な感情を抱いてしまったことはありませんか。

 

これって、前提として「尊敬」とか「羨望」のような憧れの気持ちがあって、その上に「自分にとって旨味がある」「プラスになる」「メリットがある」みたいなちょっとイヤらしい打算的な気持ちもあるから厄介なんだよね、と思います。

 

そもそも惹かれる部分がない相手の理不尽や不条理なんて、当然頼まれても受け入れたくありませんが、なまじ自分が一度でも感動を覚えてしまった "何かを持っている相手だと、それを目の当たりにした時の Spark! な感覚 が忘れられず、「だって凄かったし。やっぱ凄いし。なんだかんだ言って凄いんだし」と言うようなマインドになり、ちょっとくらいの自分の違和感は踏み潰してしまいます。

 

また、相手を否定することは、その相手に感動を覚えた自分のことも否定することになってしまう訳ですから、なかなか受け入れ難いことです。

加えて、その相手と一緒に居ることによって、”自分の成長が促される”とか “未知なる体験ができる” とか、そう言うご褒美的な副産物もあるため、益々「腑に落ちない」と思う心は隅っこに追いやられてしまうのです。

そういう気持ちや関係性が全部ダメという訳ではありませんが、長く関係を続けていくであろう相手の場合はあまり好ましくないバランスだと思います。

 

仕事上の関係、恋愛関係、友達関係、もしかしたら夫婦や親子関係など、例えどんな関係であっても、こんな風に自虐に似た気持ちを持ち続けたまま特定の人と付き合いを続けていくのは間違いなく心理的には相当な負担です。

できることならば、その「感動」や「旨味」だけを享受できればいいのですが、そんなことは難しいですし、それこそフェアではありません。

 

ビートルズも、「あなたが受け取る愛は与える愛と同じThe love you take is equal to the love you make) 」と歌っています。

 

そして、覚えておきたいのは、自分にとって本当に大切な人になろう人間は、自分に対して永続的に理不尽を降り注いでくるはずなどないのです。

ですので、立場や実績などがたとえ大きく違っていると感じても、それを理由に必要以上の謙遜や自虐を抱く必要は無く、またそれを強要されるような関係性は続ける意義がありません。

 

その相手と関係を続けていきたいのであれば、「自分の発言を聞いてもらえるか」というシンプルな問いを指標にしてみると良いでしょう。

残念な人間は、だいたい人の話を聞きません。

あなたの前で圧倒的なパワーを持つ誰かは、きっと魅力的だと思います。

その魅力をいつまでも輝かせておくために、自分のためにも、相手のためにも、「与えられるものが大きいから奪われることがあっても仕方ない」という考えを許さないようにしたいものです。